コーヒー豆のパッケージに「オレンジのようなフレーバー」「リンゴのような甘み」「花のような香り」のように、味わいの特徴を書いてあるのを見たことがありませんか。
コーヒーの香り、味わいがフルーツや花などで具体的に表現してあると、コーヒーの風味がイメージしやすいですよね。実は、この表現の方法はワインの風味の表現方法を参考にしたものです。
コーヒーもワインも果実から作られ、産地によって特有の風味を有する点など、コーヒーとワインは共通点が多いと言われています。
また、コーヒーでもワインでも、香りや風味が生まれるのは発酵のプロセスであることも共通しています。そして、その重要なコーヒーの発酵プロセスにワインの醸造を応用した「カーボニックマセレーション」という方法も登場しています。
本記事では、カーボニックマセレーションコーヒーを作り方や、カーボニックマセレーションで精製されたコーヒーの味わいなどを解説します。また、最後にカーボニックマセレーションのおすすめコーヒー豆を紹介します。
ブログ管理人:山口 誠一郎
コーヒーの専門家としてTV出演。文藝春秋(文春オンライン)コラム掲載。1,000種以上のコーヒー豆をレビュー。イタリア「Caffè Arena Roma」元バリスタ。
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カーボニックマセレーションとは?
カーボニックマセレーションとは、空気を遮断したタンク内に二酸化炭素を注入して行うコーヒーの発酵方法です。
ワインの醸造過程で使われる発酵方法の1つですが、コーヒーに応用することで今までにないフレーバーが生まれ注目を集めました。
ここで少し「発酵」について解説します。コーヒーの精製処理には必ず発酵の工程があります。
精製とは
コーヒーチェリーの状態から果肉を取り除いて「コーヒー豆」の状態にすることを指します。
チェリーの状態のコーヒーについている皮と果実を取り除いた後、「ナチュラル」と呼ばれる精製方法では、収穫したチェリーを乾燥させる段階で発酵が進みます。
ナチュラルは、簡単にいうと水を使わずにコーヒー豆を取り出すことを指します。
一般的に、発酵には「好気性発酵」と「嫌気性発酵」があります。
好気性発酵とは
酸素が必要な微生物による発酵です。食品では納豆菌などが好気性発酵を行います。納豆は空気(酸素)に触れた表面から発酵が始まります。
コーヒーの精製でも、普通はコーヒー豆が空気に触れた状態で発酵させるので「好気性発酵」です。利用するのは空気中にいる微生物です。
嫌気性発酵とは
酸素が嫌いな微生物による発酵です。たとえば、牛乳に乳酸菌を入れて密閉して作るヨーグルトは嫌気性発酵です。
コーヒーでもタンクなどに入れて空気を遮断して発酵させると嫌気性発酵になります。カーボニックマセレーションは嫌気性発酵の方法の1つで、他に「アナエロビックファーメンテーション」という発酵方法もあります。
カーボニックマセレーションはコーヒーの発酵させる方法
カーボニックマセレーションは、コーヒーの精製全体の方法ではなく、その中の「発酵」の工程の方法です。
コーヒーの精製方法には、ウォッシュドやナチュラルなどがあります。
先ほど触れた「ナチュラル」では、コーヒーチェリーのまま干す過程で発酵が進みます。
また、「ウォッシュド」と呼ばれる水を使う精製方法では、コーヒーチェリーの皮を剥いた後に、水を入れたタンクの中で発酵させます。
実は、リンゴやオレンジなど果物にたとえられるコーヒーの香りやフレーバーは、この発酵の段階で生まれます。
もしコーヒー豆を発酵させずに焙煎すると、香りや甘みがなく味気ないコーヒーになってしまいます。
つまり、発酵はコーヒーの風味を作り出すとても重要なプロセスなのです。
「カーボニックマセレーションのコーヒー」は、この発酵の工程を、通常の好気性発酵から、嫌気性発酵のカーボニックマセレーションに置き換えて行ったコーヒーを指します。
ですので、コーヒー豆のパッケージなどには「ウォッシュド・カーボニックマセレーション」「ナチュラル・カーボニックマセレーション」のように書かれます。
カーボニックマセレーションを広めたバリスタ「ササ・セスティック」
カーボニックマセレーションのコーヒーは、2015年の世界バリスタチャンピオンSasa Sestic(ササ・セスティック)氏が紹介して、注目を集めるようになりました。
同氏は「カーボニックマセレーション」のコーヒー豆を扱う「Project Origin(プロジェクト・オリジン)」という専門商社を運営しています。
ササ・セスティック氏は、中南米やアフリカなど世界の生産者と共にコーヒー生産を行ううちに、「発酵」がコーヒーの品質に大きく影響することを知ります。
また、慣習的に行われてきたコーヒーの発酵の工程には、不合理な面も多いことに気が付きました。
そして、コーヒーの発酵をコントロールできる「カーボニックマセレーション」を開発し、優れた風味とコーヒーの品質安定を実現しました。
現在同社では「カーボニックマセレーション・セレクション」として、「ダイヤモンド」「ジャスパー」など5つの宝石にたとえたコーヒーのブランドを展開しています。
また、同社が広めたカーボニックマセレーションの方法は、世界各地のコーヒー農園で採用されるようになりました。
カーボニックマセレーションコーヒーの特徴
カーボニックマセレーションコーヒーの特徴は以下の2つです。
- 普通のコーヒーとは違う特徴的なフレーバー
- ワインの醸造方法のマセラシオン・カルボニックが由来
普通のコーヒーとは違う特徴的なフレーバー
「カーボニックマセレーションコーヒー」の特徴は、嫌気性発酵で作り出される印象的なフレーバーです。
通常の発酵方法では得られない、強烈なレベルの甘みと、果物のような記憶に残る香りと風味が特徴です。
ワインの醸造方法のマセラシオン・カルボニックが由来
カーボニックマセレーションの由来は、ワインの醸造方法「マセラシオン・カルボニック(炭酸ガス浸漬法)」です。
普通、ワインは絞った果汁を発酵させますが、あえて粒のままのブドウを密閉タンクに入れ、炭酸ガス(二酸化炭素)を注入します。
すると重さで潰れた箇所から嫌気発酵が始まり、発生した二酸化炭素がさらにタンク内に充満し、まだ潰れていないブドウの粒の中で細胞内発酵が起こります。
「マセラシオン・カルボニック(炭酸ガス浸漬法)」は、この細胞内発酵のことを指します。
この方法のメリットは、ワインの発酵過程を大幅に短縮でき、果汁を絞ってから発酵させた場合に比べて、色合いは濃厚なのにタンニンの渋みが少なくなることです。
また、キャンディーのように甘くフルーティな香り、心地よいリンゴ酸の酸味が生まれ、空気に触れないので品質のコントロールがしやすくなります。
コーヒーのカーボニックマセレーションも、この方法を応用したものになります。
カーボニックマセレーションのコーヒーを作る手順
カーボニックマセレーションのコーヒーを作る手順を、ウォッシュドとナチュラル、それぞれで簡単に説明します。
まずは、完熟したコーヒーチェリーを収穫し、手作業で選別します。
ウォッシュドの場合、チェリーの皮むきと洗浄を終えたコーヒー(パーチメント)を、二酸化炭素を注入して酸素を追い出し、温度と湿度を調節したタンクに入れます。発酵後は12~18日間乾燥させ、脱殻します。
ナチュラルの場合は、洗浄したコーヒーチェリーのままタンクに投入し、発酵後は30日以上乾燥させます。
これらの工程で、ベリー系のフレーバーに加え、カカオのような風味も感じられるコーヒーになります。
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カーボニックマセレーションが生み出すコーヒーの味わい・香り
カーボニックマセレーションのコーヒーは、一度飲んだら忘れられないような特徴的な味わいです。
際立っているのは、巨峰、ラズベリー、イチゴなどの濃厚な甘い香りです。また、バナナやパインのような香りを感じるコーヒーもあります。
カーボニックコーヒーは浅煎りで提供されることが多いですが、発酵の過程をコントロールされているため、酸味が心地よくてマイルドなのが特徴的です。
酸っぱくないので、人によっては普通の浅煎りコーヒーより飲みやすいかもしれません。
また、苦味はほとんど感じず、中にはコーヒーではなく果物のジュースを飲んでいるように感じる人もいますし、エスプレッソにしてカプチーノを作るとフルーツ味のクリームのようだという人もいます。
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カーボニックマセレーションとアナエロビックファーメンテーションの違い
▲ポストコーヒー ルワンダ ブルボン アナエロビック ナチュラル
「カーボニックマセレーション」と「アナエロビックファーメンテーション」2つのコーヒーに共通しているのは、空気(酸素)を遮断して、嫌気性発酵を行うという点です。
そのため、「強烈な甘い香りが際立つ」「苦味が少ない」という風味の共通点も生まれます。
異なるのは、コーヒーを発酵させる間の作業です。
カーボニックマセレーションはコーヒーの甘味や風味を調節できる
カーボニックマセレーションとは、carbonic(炭酸)+maceration(漬ける)、つまり「炭酸ガス(二酸化炭素)に閉じ込める」発酵です。
カーボニックマセレーションは、タンクの中に二酸化炭素を注入して酸素を追い出したところにコーヒーチェリー(またはパーチメント)を投入します。
タンクの中の温度と湿度を細かくコントロールすれば、様々なフレーバーを作り出すことができ、甘味の強さなども調節できるのが特徴です。
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アナエロビックファーメンテーションはコーヒーの風味を作る作業を微生物の発酵にお任せ
アナエロビック(anaerobic)とは、an(否定形)+aerobic(好気性)、つまり「空気を好まない」発酵です。
アナエロビックファーメンテーションは二酸化炭素は入れず、発酵槽にふたをすることで空気を遮断し、無酸素状態にしたら、後は微生物の発酵に任せます。
アナエロビックファーメンテーションは、カーボニックマセレーションのように細かい調整をしません。
完熟したコーヒーチェリーさえあれば、自然に発酵して独特のフレーバーが生まれるのが特徴です。
カーボニックマセレーションは設備投資が必要、アナエロビックファーメンテーションは設備不要
まとめると、カーボニックマセレーションは設備投資が必要で、手間がかかる一方、よりコーヒーの品質が安定します。
また、タンク内の温度を上げればコーヒーの甘味が増えるなど、風味を調整することも可能です。
アナエロビックファーメンテーションのコーヒーを作る際は、特別な設備を使わなくても嫌気性発酵により、フルーツのような風味を作り出すことができます。
アナエロビックファーメーテーションが、カーボニックマセレーションより普及しているのは、やはり少ない設備で始められる(大きなコストがかからない)ことが原因のようです。
実際に、ネット通販のコーヒーを比較しても、アナエロビックファーメンテーションのコーヒーは100gあたり1000円台で購入できます。
カーボニックマセレーションのコーヒーは販売しているショップも少ない上、価格も100g3000円前後〜となります。
カーボニックマセレーションコーヒーを手がける有名な農園
コロンビア ラ・ルイサ農園
コロンビアのラ・ルイサ農園は、1907年に設立されたこの地域でも最古の農園の1つです。
コロンビアにおける「マラゴジッペ種(おいしさに定評があるコーヒーの品種)」の代表的な生産者で、近年ではゲイシャ、パカマラなど評価の高いコーヒー品種を新たに栽培し始めました。
5代目の農園主ジュアン氏は、コーヒーの品種だけでなく精製方法にも先進的で、「カーボニック マセレーション」も積極的に取り入れています。
コーヒー農園が立地する「アンティオキア地区」も、180年の歴史を持つ有名なコーヒーの生産地です。
アンデス山脈の水と標高、気候と豊かな生態系は個性的なコーヒーの風味を生み出す基盤になっています。
ブラジル グアリロバ農園
ブラジルのグアリロバ農園は、2019年のCOE(カップオブエクセレンス。その年の最高のコーヒー豆を決める品評会)でNational Winnerを獲得するなど国内外で何度も受賞歴のある実力派農園です。
この農園が位置する「カンポ・ダス・ベルテンテス地区」は、2019年にコーヒーの地理的表示(GI)として認定された17の市町村から成り立っています。
グアリロバ農園は19世紀に創設され、現在は5代目のHomero Aguiar Paiva氏が家族と共同で管理をしています。
スペシャルティコーヒーの生産に特化し、新しい技術の開発に積極的で、カーボニックマセレーション、アエロビックファーメンテーションの両方に取り組んでいます。
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カーボニックマセレーションのコーヒー豆おすすめランキング3選
カーボニックマセレーションのコーヒー豆おすすめランキング3選を紹介します。
コロンビア ラ・ルイサ農園 カーボニックコーヒー
930円 100g
コロンビアの「ラ・ルイサ・エステート」は、先述のとおりコロンビアで最も歴史ある伝統的なコーヒー農園です。
ワインの発酵工程に基づいた新しい精製方法「カーボニックマセレーション」によって、独特のフルーティな酸味と甘味が味わえます。
コーヒーが冷めてくると、フルーツシロップやキャラメルのような甘さを感じます。 ゆっくりと味わいたいカーボニックマセレーションのおすすめコーヒー豆です。
こちらのお店では、コーヒー豆を好みの焙煎度合いに仕上げてくれます。酸味が苦手ならシティロースト(中深煎り)以上を選ぶのがおすすめです。
鮮度 | ★★★★★(注文後焙煎) |
産地 | コロンビア |
焙煎度合い | 浅煎り〜深煎りまで好みの焙煎度合いに指定可能 |
イヌイットコーヒーロースター ブラジル グアリロバ カーボニックマセレーション
2,700円 250g
先ほど紹介したブラジルの「グアリロバ農園」のコーヒー豆です。
ここでは、カーボニックマセレーションによる発酵を2回に分けて行い、より印象的なフレーバーを生み出しています。
通常のカーボニックマセレーションを96時間行った後、二次発酵として最初の発酵でチェリーから出たジュースを使い、72時間コーヒーを発酵させます。
レモングラスやライムのように爽やかな香りと果実感のある甘い香りが強く感じられます。
甘味と爽やかさが好きな人におすすめのカーボニックコーヒー豆です。
100gあたり | 1,350円 |
鮮度 | ★★★★★(焙煎後48時間以内) |
豆の産地 | ブラジル |
焙煎度合い | 中煎り |
ブラジル グアリロバ農園 トパージオ カーボニックマセレーション
2,094円 200g
ブラジル グアリロバ農園のカーボニックマセレーションの豆ですが、トパージオという珍しい品種です。
レモングラスやジンジャーのように爽やかで刺激的な香りが強く鼻を抜けていき、オレンジのような穏やかな酸味も感じられます。
甘いだけの香りが苦手な人や、さっぱりした後味が好みの人におすすめのコーヒー豆です。
100gあたり | 1,047円 |
鮮度 | - |
豆の産地 | ブラジル |
焙煎度合い | 中深煎り |
カーボニックマセレーションのコーヒーを楽しもう
カーボニックマセレーションは、コーヒーのフレーバーを発達させる発酵過程に注目して考案されました。
実はコーヒーの発酵過程には、カーボニックマセレーションやアナエロビックファーメーテーション以外にも様々な方法が開発されています。
生産国では、より優れた風味の追求とともに、排水の処理など環境に負荷をかけない工夫も日々行われています。
また、温暖化による気候変動で風味が落ちたり、暑さや病害虫に耐えるハイブリッド種を導入している産地もあり、カーボニックマセレーションなど発酵方法を工夫することで新たな味わいを生み出そうとしています。
カーボニックマセレーションのコーヒーを通して、こういった背景にも思いを馳せ、精製や発酵方法も気にしてみると、その味わいも一味違ったものになるかもしれません。